いときん死去!肺腺癌ステージⅣからの復帰ならず

ET-KINGいときんさん死去!肺腺癌ステージⅣからの復帰ならず!容体急変の原因は?
スポンサーリンク
お世話になります。米国株投資に掛けるアラサー女子のベン子です。
報道によりますと大阪を拠点に活動する人気ヒップホップグループ「ET―KING」のリーダー、いときん(本名・山田祥正=やまだ・よしまさ)さんが31日、大阪府和泉市内の病院で死去しました。38歳でした。
「ギフト」「愛しい人へ」や、2007年の「愛しい人へ」はデジタル配信で100万ダウンロードを突破するなど大ヒットとなりました。浪速のブルースマンが病の前に力尽きたのです。
以下、スポニチアネックスからの抜粋です。

いときんさんは兵庫県三田市出身。昨年8月にステージⅣの肺腺がんであることを公表し、治療に専念していたといいます。関係者によると、1月中旬に夫人に心臓の痛みを訴えて病院に緊急搬送されたといいます。心臓に水がたまっており心肺停止の状態で、30分間の心臓マッサージで一時持ち直したものの、意識が戻らず家族が看護を続けていたましたが、ついに帰らぬ人となってしまいました。

 いときんさんは昨年6月の定期健診で異常が見つかり、7月に細胞検査を受けたところステージⅣの肺腺がんと診断されたといいます。本人に自覚症状はありませんでしたが、脳とリンパ節へ転移していることも判明。8月に病気を公表しました。

抗がん剤治療は受けず、自宅療養などを続けていて最近は免疫力を上げるため体力づくりにも励んでいたといいいます。いわゆる”民間療法”を試みていたようです。
ET―KINGは、これまでになかった
関西弁を使ったヒップホップで人気を博しました。いときんさんはメインライターの一人でもあり、リーダーとしてグループを引っ張ったていました。

入院後も病室に音楽機材を持ち込んで曲を作っていたといいます。4月25日発売の新アルバム「LIFE」で全曲のレコーディングに参加しており、闘病中も音楽への情熱を燃やし続けたのです。

いときんさんは豪傑で酒豪、おとこ気にあふれる一方で、繊細で情に厚いことでも知られていたと言います。友人の一人は「曲作りに強いこだわりがあった。歌詞の一つ一つに哲学があった。すてきな曲をもっと世に出してほしかった。本当に残念です」と肩を落としたといいます。

 昨年12月28日に大阪で行われた全国ツアー最終公演が最後の公の場となりました。1500人のファンを前に「力もらえました、生きるで。ありがとう」と感謝を口にしていたといいます。

音楽関係者は「あまりにも突然のことでショックです。ライブに出たのはどうしてもファンに気持ちを伝えたかったのだと思います」と話した。

 99年にデビューしたET―KINGは2014年4月に活動を休止。同年9月には、上原多香子さんの夫だったメンバーTENNさんの自殺という悲しみに見舞われたが、それを乗り越え、15年にメンバー6人で活動を再開していた。上原さんの件に関しては、その後上原さん側の不倫がバッシングを浴びるなど話題になりました。また、ボクシング元WBA世界ミドル級王者でタレントの竹原慎二さんは自身も2014年にステージⅣの膀胱がんが見つかり、余命1年と言われたことがあるだけに「がんばれ」とエールを送っていたといいます。

本当に才能のある方だっただけに、残念でなりません。
合掌
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

スポンサーリンク

 

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする