”生涯ドリフ”宣言の仲本工事さんの経歴が意外過ぎる

”生涯ドリフ”宣言の仲本工事さんの経歴が意外過ぎる

スポンサーリンク

お世話になります。米国株投資に掛けるアラサー女子のベン子です。

今の中高年世代が子どもだった頃、土曜夜のTBS系「8時だョ!全員集合」は特別な番組だったといいます。ベン子は2時間スペシャルの”ドリフ大爆笑”シリーズしかリアルタイムにはしりませんが、当時の「8時だョ!全員集合」は平均視聴率27%、最高視聴率50.5%の驚異的な数字を記録しています。

もちろんネットやハードディスクレコーダーなど無い時代の数字ですので、現在のバラエティ番組の視聴率とそのまま比較することはできませんが、「お化け番組」であったことは間違いなく、テレビ黄金期をけん引したザ・ドリフターズの看板番組でした。

「8時だョ!全員集合」では、ドリフとゲストのタレントや歌手が器械体操に挑戦するコーナーがあり、メンバーの“体操担当”だった仲本工事さんは、大跳び箱や鉄棒で難度の高い技を披露していました。

その仲本工事さんは、今年7月5日で77歳の喜寿を迎えるといいます。“工事さん”は今、27歳下の妻で歌手の純歌さんと二人三脚で居酒屋とスナックを営んでいるのです。居酒屋の名は「仲本家 JUNKAの台所」。東京・目黒区内の閑静な住宅街にある、計18席の小さな店です。

メニューは純歌さん手作りの日替わり料理の大皿、青森産ニンニク入りの餃子、焼き鳥やラーメン各種、カレーなど多種多様。元々は月に1度のホームパーティーで振る舞っていたのですが、「店で出した方がいい」という仲間の声に押されて2015年にオープン。仲本さんは「女房は高知県出身ですが、全国で味見した素材をアレンジした料理を台所から出しています。それを毎日食べている僕も健康でいられます」と、12年に再々婚した妻に感謝していると言います。

盟友の加藤茶さんや高木ブーさんも度々来店するといい。加藤さんの45歳下の妻・綾菜さんは夫のおかずも買って帰ると言います。2月に亡くなった左とん平さんも常連だったと言います。リーダー・いかりや長介さんが亡くなってすでに14年が経ちますが、グループは存続しています。仲本さんは「ドリフは解散しないし、する意味もない。メンバーが生きていればドリフですから」と“生涯ドリフ”を宣言していると言います。

仲本さんは、俳優や音楽活動の傍ら、東京にいる時は毎日店に出ると言います。「夜6時から12時まで注文を取ったりお運びしたり、お客さんと話したり、写真撮ったり。若い人も多いです」さらに、隣のスナック「ピンク・ローズ」ではマスターも務めています。「僕は酒が飲めないですけど、お酒を作ることもあんですよ」と言います。

仲本さんの意外過ぎる経歴とは?

スポンサーリンク

そんな仲本さんですが、その経歴は意外にもと言っては失礼ですが、なかなかに華麗なものです

仲本さんは中学校時代、担任が体操の先生であったことがきっかけで体操をはじめます。そして渋谷区の大会で団体優勝を遂げ、本格的に体操に取り組んでいくことになります。高校は名門都立青山高校に入学。そして体操の東京都大会で個人総合2位に輝き、全国大会出場を果たします。

体操に打ち込む一方、在学中は300名中、常に5,6番の抜群の学業成績だったと言います。将来は弁護士を目指していたと言います。同級生には俳優の橋爪功さんが在籍しており、同高校出身の有名人には石田純一さん、滝川クリステルさん、ホラー漫画の巨匠つのだじろうさんらがいます。

高校卒業後は学習院大学政治経済学部に入学、優秀な成績で卒業しています。 大学在学中に高木ブーさんに誘われてドリフに加入します。当時のドリフはちゃんとした”バンド”であり、いわゆるコミック色はあまり強くなかったと言います。実際、1966年仲本さんはビートルズ日本武道館初来日公演の前座を務めたドリフターズのリードボーカルとして「のっぽのサリー」を歌ったといいます。

仲本さんは、半世紀を過ぎた今も現役のノドをカラオケで披露すると言います。「お客さんに楽しんでもらいながら自分も勉強しています。区切りとして77歳の誕生日には何かやりたい。今一番、自分の好きなことができる年になりましたね」と語っています。こんな素敵な年を重ねたいものですね。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする